TEO Side Story TEO Side Story
last updated 1997/08/04

第81話(全130話)

マリカのために! 早く!(2/3)




 何故だろう? フィンフィンはようやくルビッシュたちの動きに何らかの意図があることに
気づいた。フィンフィンの脳裏に人間たちの町で見た光景が甦る。それはニムルという人間た
ちのペット動物が、飼い主の気を引こうとして、何度も何度も同じ場所を行ったり来たりして
いる光景だった。ニムルは地球で言えば犬のような性格の動物だった。大きさは猫ぐらいで、
猫よりも従順で、外敵に際しても勇ましく吠えかかって行く。そんなニムルが飼い主の家が燃
えていることを報せようとして、広場で立ち話をしていた飼い主の回りをぐるぐると駆け回り
、家のほうへと走り、また戻ってきてぐるぐる回り、ということを執拗に繰り返していた。そ
の光景をフィンフィンは見たことがあった。あまりにもニムルがしつこいので、飼い主ははじ
めて何か家のほうで異常があったのかもしれないと思い立ち、ニムルと共に家へと走って行っ
た。おかげで火災は小火程度で住んだ。家には生まれたばかりの双子がいた。ニムルはその子
供たちを助けようとして、必死に飼い主に急を報せていたのだった。
 あのニムルの姿がいま、フィンフィンの中で目の前のルビッシュたちの動きと重なった。
 ニムルのように飼い主とその家族に奉仕することに生きがいを見いだすような、ルビッシュ
たちではないはずだし、そもそもフィンフィンはこの海の中を飛ぶ鳥たちとは縁もゆかりもな
いはずなのだが、何故かあのニムルと共通の必死な想いがルビッシュたちから伝わってくる。
 フィンフィンにはルビッシュの心を読むことはできなかったが、それでも集中すれば、何を
考えているのか、雑音の中から聞き分けることぐらいならできた。
 ルビッシュの群れに気持ちを集め、フィンフィンはその心を読み取ろうとする。ザワザワビ
ービーとうるさいノイズが騒いでいるばかりだったが、そのノイズがひとつの方向をはっきり
と示しているのがフィンフィンにはわかった。
 こっちへおいで。早く。
 ルビッシュの群れは一匹一匹がそれぞれフィンフィンにそう語りかけていた。
 〈こっちって何処だい? ぼくを何処に連れてくの? きみたちと遊んでる時間はないんだ
よ〉
 フィンフィンが語りかける。ルビッシュたちは〈こっち、早く、こっち〉と口々に喚いてい
た。こんなにむきになって騒いでいるからには、ルビッシュたちにしても遊びや悪戯を楽しも
うとしているわけではなさそうだ。フィンフィンはそう判断すると、ルビッシュたちと一緒に
海底へと降りて行く。カラフルな魚たちが集まり、しきりにプランクトンなどを頬ばっている
、周りよりも暖かな暖流の層があり、それを通り過ぎると、肌を射すような冷たい海流の層に
ぶち当たる。普通ならルビッシュたちはこんな深海までは絶対に降りてはこないはずだった。
何しろ彼らは鳥なのだから、海の浅瀬を泳ぐのが精一杯で、深海など彼らの能力では太刀打ち
できない怪物であるはずだった。なのにいま、ルビッシュたちはフィンフィンを案内して、そ
の深海を目指して行く。鳥が成層圏の高みまで飛ぼうとしているのと同じだった。無理だし危
険だし、本能が拒絶するはずの場所を彼らは目指していた。
 フィンフィンだって同じだ。海より陸地で暮らす時間が長くなにってしまった生き物に、深
海の重さは耐え難かった。光がねじ曲がり、すべての形あるものがギュッと押し潰される。空
気はもっと圧力の低い海層のほうへ押し出されて行き、ここから先は息をすることさえ叶わな
い。それにいまフィンフィンは怪我をしていた。傷口が水圧で押し潰され、激痛に気が遠くな
る。それでもフィンフィンはルビッシュたちの後を追いかけた。ルビッシュたちにしたって命
の危険とぎりぎりまで戦っているのは明らかだった。それはただフィンフィンを案内しなけれ
ばならない、という使命を帯びているからだ。そう考えるしか、ルビッシュたちの行動を納得
できない。こんなことをする習性など彼らにはないはずなのだから。習性や本能さえ脇に押し
やるほどの使命を胸に、ルビッシュたちはフィンフィンを案内している。
 それがいったいどこの誰から下された命令なのか、フィンフィンには知りようがない。
 ただ、こんなにもルビッシュたちが懸命になるのは、もしかしたら自分と同じ気持ちからな
のかもしれない、とは思った。
 マリカだ。マリカを助けたいという想い。どういうわけかマリカとは何のつながりもないは
ずのルビッシュたちも、そう切実に思っているかのようだった。
 やがて光の途絶えた海底に、何かの影がボンヤリと浮かび上がっているのが見えた。
 深海魚が自身の体を発光させて、獲物が寄ってくるのを待っているのだろう。その光のおか
げで、そばにある大きな建造物の輪郭がボンヤリ霞んで浮かび上がっている。
 あれは何だ?
  フィンフィンが思ったその瞬間、辺りがいきなりバァッと明るくなった。何万という光が
いっせいに周囲で灯り、その光が深海の暗闇を真昼の草原のように明るく照らし出した。
 わ! とフィンフィンは思わず声を上げてしまう。周囲を何万どころか何億という単位で深
海魚たちが取り巻いていた。それが一匹一匹すべて自らの体を発光させている。体から光を発
することのできる物はすべてここへと集められた。そんな感じだ。フィンフィンは深海魚たち
がフィンフィンのために照らし出しているものへと目を向けた。
 沈没船。
 それが斜めに傾いて、海底の砂に半分埋もれながら、フィンフィンの到着を待っていた。
 船だ! 人間の乗り物ッ。それが沈んでる。たぶん事故か何かで沈んでしまったのだろう。
もう何年も前の事故だったらしく、船体は珊瑚が覆いはじめていた。
 しかし。
 事故で船が沈んだのなら、中には人間たちが船旅のために用意していた食料や飲料水がまだ
残っている可能性はある。いや、残っているのだろう。それを知っているから、深海魚たちは
いまこの海域にすべて集まり、一堂に会してフィンフィンのために船を鮮やかに照らし出して
みせたのだ。そしてルビッシュは海と空の境界を越えた仲間としてフィンフィンを案内する役
を仰せつかったのだ。この沈没船へと案内するために、彼らは本能に逆らって、こんな危険な
深海まで降りてきてくれたのだ。

(つづく)




Back Number


back

presented by son@ch-teo.com

Copyright(C)1997 FUJITSU LIMITED.
All Right Reserved.